自らを忌々しく思う、犯人の心模様や評価意識があります。
“オタク青年に限られた陰鬱な感情”として、
とりあえずはテーマを部分的に切り抜くことは可能ですが、
ここに私は、むしろある種の普遍性を見出してしまいます。
例えば、ダイエットやコスメ商品の購買に走る女性心理や、
ブランドものを身に着けないと気が済まない、
(男性にも通ずる)心理等、
それらの衝動との間においても共通性がある、と、
そう思わずにはいられないのです。
整えずにはいられない思い・・・。願い・・・。
それらは何と言っても、自らの素を承認できない、
“粗探しの得意な自分自身の表れ”ではないでしょうか。
或いは、美意識に転換された成果主義とでも、
申してみたらよいのでしょうか・・・。とにかく・・・、
自己批判に追われるのは、たまらないことですよね。
この手の感情傾向をカウンセリングの世界ではよく、
“醜形恐怖症”等と称します。
それにしても、テレビドラマや舞台、漫画等、
美しい人を見かける機会が増えましたよね。
寝起きでも髪は整っているし、湯船の中でも化粧をしている。
風で髪が乱れたって映像の中の人々は、様になっています!
それらは見ていて面白いのですが、同時に視聴者の内面では、
変な錯覚も生まれているでしょうね。
繰り返し、繰り返し、寝起きだってイケてる画像を閲覧して、
それを真に受けてしまう純粋さがあれば、ますます、
乱れに対して目敏くなることでしょう。
そうして、自分の中に姑が生まれます。
そのイメージはこう、自分に囁くのです。
「乱れるならばせめてそれも、様になっているべきである!」
その声に従順な者たちは、途端にお洒落になります。
他方、異議を唱える者がいます。
「不細工に映る自分の姿をまず認めないならば、
自分は、そんな不平等な愛の神に魂は売らないぞ!」
身を寄せ合う場所がわからない中で、
着飾ることで身を寄せようとする者たち、
そして、それを拒絶する者たち・・・。
でも、時々、着飾った者同士でも、
相手や自分の中の姑に跳ね除けられて、
お酒を頼りにしてみたりする・・・。
人間は殺伐とした感情の中で、
それを持て余してはどこか、足掻いているようです・・・・。
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